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2005/12/11

「夏目漱石から考える憲法」

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「九条の会」事務局長の小森陽一氏の「夏目漱石から考える憲法」(2005年12月10日,東大:理学部1号館内の小柴ホール,主催:東大職員組合女性部,共催:東大職員組合)を拝聴しました.参加者は200人位だと思います.3月までスケジュール一杯なのを無理矢理依頼して午前の講演となったとのことです.10:10から11:50まで講演されました.質問タイムが終わったのは12:20位で,サインセールも中止となって次の講演会へと向かわれました.

<小森陽一氏のプロフィール>
 1953年生まれ.東京大学教授(大学院総合文化研究科).北海道大学文学部,同大学院文学研究科博士課程修了.専門は日本近代小説(表現論・文体論),近代日本の言語態分析,現代日本の小説と批評.

<小森陽一氏の主な著書>
 『構造としての語り』(新曜社),『日本語の近代』(岩波書店),『ポストコロニアル』(岩波書店),『漱石を読みなおす』(筑摩書房),『小森陽一 ニホン語に出会う』(大修館書店),共編著に『越境する知』(東京大学出版会),『歴史教科書 何が問題か』(岩波書店)など.

<当日の配布資料>
・日本国憲法 全条文
・教育基本法(1947年) 全条文
・国際連合憲章(1945年) 1,2,33,39,41,42,43,51条
・「草枕」(1906年) 13節の抜粋
・「現代日本の開花」(1910年)の抜粋
・「点頭録」(1916年) の 三 軍国主義(二)

 拝聴する前は「漱石と憲法??」でした.漱石といえば,昔読んだだけでわかったつもりになっていましたが,小森先生の講演は,漱石の生きた「明治」という近代と,「平成」の現在を,漱石を通して鮮やかに結びつけたものでした.

 「吾輩は猫である」(1905年)に作者がちらっと出てるらしいのですが, その名前は「送籍」となっているとのことです.まだ北海道では徴兵されていない時で,本籍を北海道岩内に移して徴兵を忌避したことを読者に伝えているそうです.

  「草枕」(1906年)といえば,冒頭の一節「山路を登りながら、こう考へた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」は人口に膾炙していますが,大した筋もなくエピソードの点描という印象です.しかし,御那美(おなみ)さんの弟が徴兵されていく停車場のシーンを通じて,近代国家の根幹である徴兵制を告発するというモチーフ,近代国家の非人間性を告発するというモチーフが文学という形式で表現されたものだったのです.長いですが,13節の一部を引用します(没後50年過ぎていますので著作権は消滅しています).

『いよいよ現実世界へ引きずり出された。汽車の見える所を現実世界と云ふ。汽車程(ほど)二十世紀の文明を代表するものはあるまい。何百と云ふ人間を同じ箱へ詰めて轟(ごう)と通る。情け容赦はない。詰め込まれた人間は皆同程度の速力で、同一の停車場へとまって、さうして同様に蒸汽の恩沢に浴さねばならぬ。人は汽車へ乗ると云ふ。余は積み込まれると云ふ。人は汽車で行くと云ふ。余は運搬されると云ふ。汽車ほど個性を軽蔑したものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によって此(この)個性を踏み付け様とする。一人前何坪何合かの地面を与へて、此地面のうちでは寝るとも起きるとも勝手にせよと云ふのが現今の文明である。同時に此何坪何合の周囲に鉄柵を設けて、これよりさきへは一歩も出てはならぬぞと威嚇かすのが現今の文明である。何坪何合のうちで自由を擅(ほしいまま)にしたものが、この鉄柵外にも自由を擅にしたくなるのは自然の勢である。憐むべき文明の国民は日夜にこの鉄柵に噛み付いて咆哮して居る。文明は個人に自由を与へて虎の如く猛からしめたる後、之を檻穽(かんせい)の内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。此平和は真の平和ではない。動物園の虎が見物人を睨(にら)めて、寝転んでいると同様な平和である。檻の鉄棒が一本でも抜けたら――世は滅茶滅茶になる。第二の仏蘭西革命は此時に起るのであろう。個人の革命は今既に日夜に起りつつある。北欧の偉人イプセンは此革命の起るべき状態に就て具(つぶ)さに其例証を吾人に与へた。余は汽車の猛烈に、見界(みさかい)なく、凡ての人を貨物同様に心得て走る様を見る度に、客車のうちに閉ぢ籠められたる個人と、個人の個性に寸毫の注意をだに払はざる此鉄車とを比較して、――あぶない、あぶない。気を付けねばあぶないと思ふ。現代の文明は此あぶないで鼻を衝かれる位充満してゐる。おさき真闇(まっくら)に盲動する汽車はあぶない標本の一つである。』

まさに現在の状況そのものです.

*イプセン  「人形の家」で家から自立しようとする個人を描いた.
*第2のフランス革命とは,自立した個人の個性を自由に発揮できる社会をめざす革命

 「坊っちゃん」(1906年)は,いわゆるユーモア小説という印象ですが,高等学校という近代教育の現場を通じて,近代国家のもうひとつの非人間性,思想信条を管理する教育勅語の欺瞞性を告発するものでした.例えば,宿直室のバッタ事件,宿直室の上で生徒が足踏みする悪ふざけは,このときにしかできなかったことのようです.宿直制は,学校や生徒を守るためではなく,ご真影と教育勅語を守るためだそうです.その上を歩くことすら畏れ多いということで,後には宿直室は2階に移されたということです.宿直室へのバッタの投げ入れ,二階の悪ふざけは,教育勅語に対する漱石の思いを伝えているとのことです.

 明治政府は,列強に対抗できる近代国家をめざし,徴兵による軍隊と,戦う戦士を作るため教育勅語とを両輪としました.漱石は,そうした近代国家の非人間性や欺瞞をオブラートに包みつつ鋭く告発しています.

 後半は,国際連合憲章(1945)51条(集団的自衛権)を「攻撃を"予測"されるときは攻撃してもよい」と拡大解釈し,これを楯にして攻撃してきた,そして今後もするであろうアメリカの戦略(あと60年で枯渇する中東以降の石油資源をインド洋に求める)と,それに今まで以上に追随・従属できるように9条改訂をねらっている日本という国家について語られました.そして国連憲章の1条と2条をさらに進めた憲法9条の先駆性・優位性を語られました.

「九条の会」をされているのは,国家と個人の関係を憂慮し自立した個人の自由を希求した漱石を受け継いでいきたい思いからだそうです.

 小森先生は「金力も権力もない私たちの力は記憶力です」とおっしゃいました.いつどこで何が起こったか,しっかりと記憶しておきましょうと思いました.そして,漱石を今回の講演の観点から読み直してみようと思いました.

<参考>
国際連合憲章
教育基本法
「現代日本の開花」
「点頭録」
「私の個人主義」

「吾輩は猫である」 6節抜粋
「先生御分りにならんのはごもっともで、十年前の詩界と今日の詩界とは見違えるほど発達しておりますから。この頃の詩は寝転んで読んだり、停車場で読んではとうてい分りようがないので、作った本人ですら質問を受けると返答に窮する事がよくあります。全くインスピレーションで書くので詩人はその他には何等の責任もないのです。註釈や訓義は学究のやる事で私共の方では頓と構いません。せんだっても私の友人で送籍(そうせき)と云う男が一夜という短篇をかきましたが、誰が読んでも朦朧として取り留めがつかないので、当人に逢って篤と主意のあるところを糺して見たのですが、当人もそんな事は知らないよと云って取り合わないのです。全くその辺が詩人の特色かと思います」「詩人かも知れないが随分妙な男ですね」と主人が云うと、迷亭が「馬鹿だよ」と単簡に送籍君を打ち留めた。東風君はこれだけではまだ弁じ足りない。「送籍は吾々仲間のうちでも取除けですが、私の詩もどうか心持ちその気で読んでいただきたいので。ことに御注意を願いたいのはからきこの世と、あまき口づけと対をとったところが私の苦心です」

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コメント

トラックバックありがとうございます。明日、ゆっくりと拝読させてもらいますね。まずは、お礼まで。

投稿: ende_m | 2005/12/11 23:34

はじめまして
「9条守ろう! ブロガーズ・リンク」から来ました。TBさせていただいた記事は、紹介だけという能のないものですが、いちおうご挨拶をと(^^)

投稿: 主義者Y | 2005/12/13 20:29

はじめまして.TBとコメントありがとうございます.TBいただいた記事にも,コメントさせていただきました.
「9条守ろう! ブロガーズ・リンク」もっと広がることを期待しています.

投稿: アテナ | 2005/12/13 20:51

あの時代、児童文学者すら体制に取り込まれていきました。でも、頑張った人もいると思います。発掘の旅も面白いかもしれませんね。漱石と9条か、ちょっと思いつきませんでした。

投稿: ende_m | 2005/12/16 00:34

コメントありがとうございます.明治時代の発掘の旅,時間ができたらしたいですね.
漱石の講演録や評論をすぐに読めるよう,HTMLにしてくださった青空文庫のみなさまに感謝です.

投稿: アテナ | 2005/12/16 13:08

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